PAK25_ipadtatakiwaru_TP_V
1100 Views

寺山修司が生きていれば、〝スマホを捨てよ、町へ出よう〟っていうかな?


どんな国であっても国民に批判精神がない社会は必ず沈滞し腐敗する。この国にしてこの民、この民にしてこの国がある。世界中のどの国であっても、民度によってその国のクオリティが決まる。その視点に立ったとき、わが日本は果たしてどうであろうか?

国の進路決定に大きく影響を与えるものとして民衆運動がある。その先頭に立ったのは古今東西、いつの時代も学生を中心とする若者たちだったことは歴史が証明している。若者たち特有の真っ直ぐな正義感が社会を突き動かしたものである。価値基準や物事のいい悪いは別にして、古くは韓国の李承晩政権を打倒したのも、中国文化大革命を担ったのもその中心は若者たちであった。タイの日本製品排斥運動や民主化運動も学生たちであった。日本では戦前の2・26事件は青年将校の決起だったし、戦後は70年代初頭まで日米安保条約反対、ベトナム反戦を叫び、全学連運動や全共闘運動が盛り上がり、社会問題化したものである。

最近では、韓国の「FTA反対運動」も、台湾の「対岸相互協力協定反対運動」も、香港政庁の「自由選挙要求運動」もどれも例外なく学生を中心とする若者たちが活動の中心にいた。イラク戦争が起こるや欧米各国で起こった反対デモも、イスラム圏で巻き起こった変革運動「アラブの春」も、やはり若者たちだった。そのとき日本の若者たちはどうであったか。何を考え、どんな行動をしたであろうか。

先に挙げた70年代初頭を最後に、若者たちの政治への関心度は沈降した。以降の50年間、社会がいろいろな問題を孕んでいても、日本の若者たちは何事にも関心を払おうとはしなかった。それはなぜか。

一方で、個の世界に没頭する日本の若者たちを見て、日本の将来を危惧した国民はいただろうか? 集会もデモも起こらない平穏な日本社会を大人たちはむしろ安堵していたのではないだろうか。

欧米の日本駐在のジャーナリストたちは、日本の若者たちの半世紀に及ぶ〝長い沈黙〟を不思議そうに見ていた。自己表現を臆する日本の若者たち。欧米人、いや、アジア人の感覚であっても彼らとの隔たりはあまりにも大きかった。日本の若者たちはなぜ社会に対し憤りを感じていないのかと。

筆者も同じ考えでいた。ある意味冷めて、日本の若者世代を見ていた。若者世代の無気力、消極性は日本社会の〝停滞〟を暗示している。日本の将来は危うい、そんな危機感を募らせていた。

21世紀の始まりとともにIT革命の時代になった。誰彼となくパソコン、携帯を持つようになる。危惧していたことが的中、若者たちは携帯に没頭する。周囲を憚ることなく無心に画面を見入る若者たちの顔、顔、顔。恐るべきことは、その列に中学生、高校生もすぐに控えていることだ。〝個の世界〟に没頭する若者たちが、社会に次々と輩出され続ける。連綿と続く、思考停止の日本人がこうしてリセットされていく。

嗚呼、われらがニッポン人よ。かくも文明が発達し、それを無批判に享受し、その退化していく己の感性よ。文明に弄ばれる時流からすぐに退去しないと、その頭脳は研ぎ澄まされないままおとな世界に放り込まれる。

寺山修司は生前、「書を捨てよ、町へ出よう」と言い放った。時代性も変化した現代、これを言い換えるならば、「スマホを捨てよ、町へ出よう」となるのか。「かっと目を見開いて、社会を見よ」の強い思いが筆者にはある。

投稿者について

山田 勝芳

山田 勝芳

url: http://ihatov.bizhttp://monthlyism.web.fc2.com
留萌市生まれ(1952年)の札幌育ち。地元出版業界にどっかり根を下ろすこと40年。外に対しては「本州資本に対抗する視点、脱・植民地の視点」、内に対しては「真に豊かな北海道共同体づくり」という理念の下、実体験に基づく北海道論を展開。現在、月刊ISMとイーハトーヴを主宰。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です