kizi08
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風雪に晒される廃屋、忍び難き


広い北海道、どの道を走っていても目につくのは主なき廃屋、それも相当数ある。建てた当初は希望に胸膨らませていたであろうに、慮るに忍び難き。朽ちかけた廃屋は農業経営や里暮らしの厳しさを如実に物語っている。

廃屋周辺の耕作地と思しきところには雑草、雑木が生い茂り、もはや原野と見分けができない。これを畑に復元するとなれば、開墾時と同じくらいの労力と金、年数を必要とする。家を離れざるを得なかったその理由をあれこれ思い巡らせてはやり切れない気持ちになる。

道外からやって来た旅行者ならばどう映るであろうか。車窓から北海道の雄大な自然に見とれているのだが、そのとき原野に突っ立つ廃屋が見えたとき、折角の旅情も台無しになるのではないか。同時に、北海道に対する負のイメージを思い巡らすのではないか。その事実を覆い隠そうとは思わないが、殊更人目に晒して見せるものでもあるまい。

原形を留める家屋もあるが、年月を経て半壊、全壊とその姿は痛々しい。かつてはそこに営みがあり、家族の団欒もあったし、子どもたちの笑いもあったに違いない。様々な理由でその地を離れることになったのだろう。庭があったと思しきところに、花々が今も雑草に混じって花を咲かせている。

家屋密集地の市街地ならば「倒壊の危険がある」、「防犯上良くない」、「隣家に崩れて被害を及ぼす」などと大騒ぎになり、対策が講じられる。しかし、廃屋があるのは隣家からほど遠い一軒屋、切羽詰った苦情はないが視界に入ると寂寞感を禁じえない。

「朽ち果てた廃屋を何故撤去せず、何年も放置するのか」。かつて道庁の役人にぶつけたことがある。「廃屋でも私有財産。勝手には処分できない」の返事。解かり切った模範解答を聞きたかった訳ではないのだが。普通できないことを可能にするのが役所であり、法律や条例ではないのか。役人たちにやる気にならないから〝現状〟は少しも変わらない。多分、解体費や撤去費をどこで持つか気懸りなのだろう。現世御利益的な事業ならばぽんと予算化されるのに、だ。北海道の景観保全、イメージ保持にも税金を使っていいと思うのだが、どうか。

最近、都市部の住宅密集地の空き家ルールが決められた。農山村は住宅密集地ではないが、廃屋の撤去に向けたルールづくりは必要だろう。「費用はどこが負担するか」は難しい問題だとは思うが、放置しては問題解決にはならない。現に洞爺湖サミットのときは、会場周辺の廃屋は景観を損ねるとして撤去したではないか。つまり外国の要人や海外メディアに見られないようにする〝ボロ隠し〟的な対策だった。旅行者は外国の要人でも、海外メディアでもないから気に留めることもないのか。だが、それは違う。

外国の要人や海外メディアの訪問者は一見の客だが、一般の旅行者はリピーター客や移住者になる可能性を秘めている〝大切な客〟なのだ。

道や自治体は第一次産業や観光を売りにするが、景観を損ねている道路沿いの廃屋対策も是非やってほしいものだ。景観保全も、北海道流の〝おもてなし〟の一方法でありたい。

最後に提言であるが、「全道清掃運動月間」を設けて山、川、海浜の清掃活動を集中的に実施してはどうか。日ごろ公共工事を受注している建設業界は重機・トラック・労力を無償提供して、沿道の廃屋を一気に片付けてはどうか。北海道の景観は今よりもずっとよくなる。こうしたボランテイア運動が北海道流おもてなしにつながったら、なんと素晴らしいことか!

投稿者について

山田 勝芳

山田 勝芳

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留萌市生まれ(1952年)の札幌育ち。地元出版業界にどっかり根を下ろすこと40年。外に対しては「本州資本に対抗する視点、脱・植民地の視点」、内に対しては「真に豊かな北海道共同体づくり」という理念の下、実体験に基づく北海道論を展開。現在、月刊ISMとイーハトーヴを主宰。

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