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戦後70年考察「アメリカ化する日本」


〝パンを食べる子、元気な子〟

昭和30年代後半、筆者が小学4、5年生の幼少期の話だ。日曜午前中のTVは子ども向け番組が定番で、世間の子どもたちは日曜日を心待ちにしていた。賢いコリー犬が主役の「名犬ラッシー」、イルカが主役の「わんぱくフリッパー」、手塚治のマンガ「鉄腕アトム」、正太郎少年が操縦する「鉄人28号」、「狼少年ケン」などが放送されていて、それを食い入るように観ていた。筆者と年代が近ければ、頷かれる方もおられるのではないか。TVの普及し出した頃の話である。ちなみに、筆者が好きだった「鉄腕アトム」は明治製菓提供で、上原ゆかりが新発売のマーブルチョコのCMに登場していた。まず間違いなかろう。

この時間帯に流れるCMに「パンを食べる子、元気な子」というフレーズのCMがあったのを筆者は今でも鮮明に覚えている。スポンサーは不正確だが、「日本製粉工業会」のような小麦系の団体だったように思う。

朝食にご飯を食べた子どもは元気がなく、パンを食べた子どもは元気いっぱい授業を受けている様子が映像で流されていた。それは子ども心にたいへんショックで、母に「朝はパンにしてほしい」とねだった記憶がある。「パン食にすれば頭が良くなる」とマジに思ったのである。我が家の朝食はいつもご飯であった。

今冷静に考えれば、これはアメリカの「対日政策」のCMで、アメリカ産の輸入小麦の消費拡大と、日本人の洋食化へ向けたCMだったと確信している。それに加担したのは〝われらが日本の〟大手広告代理店であり〝われらが日本の〟民放局だった。幼い子どもたちを洗脳するのには充分効果あるCMだったのである。

終戦直後の食糧難の時代、占領軍は救援物資として本国から小麦と脱脂粉乳を緊急支援(輸入)した。そして、〝欠食児童〟を救済する目的で始まった学校給食は、小学校から中学校までパンと牛乳が基本だった。〝ビンに入った牛乳〟になる前は、食器に入った匂いのきつい〝脱脂粉乳〟のミルクで、あまりの不味さに飲み残す級友たちが多かった。

こうして学校給食やTVCMで、日本の子どもたちを徐々に洋食志向へと導き、日本全体を和洋混在の食事スタイルへと変貌させていったのである。やがて、コーラにハンバーガー、フライドチキンなど肉食の一般化へとアメリカの対日政策は成就したのである。

今日の日本人の平均的な食卓を覗けば、頷けるであろう。米や魚の消費は大きく落ち込み、食料自給率も39%と先進国で最下位である。以前「日本人は外国人?」を書いた理由もここにある。反骨心ゆえなのだ。

日本人の食が洋食化するということは、アメリカにとって好都合だった。小麦だけに留まらず、牛肉などの食肉類も対日攻勢をかけられる。終戦から70年になる現在、TPP交渉が大詰めを迎えているが、アメリカが意図する完成形に近づきつつある。日本のアメリカ化だ。日本人は何故それに気付かないのか?

さらに、食だけに留まらない。それは日本政治のアメリカ化も意図されていた。アメリカが終戦となりまず手始めにしたことは、基本的人権と国民主権を柱にした「日本国憲法」を作らせ、民主主義的な法律の数々を整備させた。結果、マスコミは戦うことなく、言論、出版の自由を獲得した。政党や労働組合も戦わずして労働者の権利を獲得した。国民もまた自由気ままな暮らしを謳歌した。つまり、国民総じて天から降ってきた民主主義を堪能したのである。「民主主義とは何か」という根源的なことも知らずに、だ。

こうした点は、欧米の血なまぐさい歴史を持つ民主主義とは明らかに異なっている。つまり、日本は民主主義の表面の体裁だけを模倣しただけで、民主主義の絶え間なき点検や、その発展の仕方を知らないのである。つまり、知識として知っているが、精神も行動もついていけないのである。

政府は日米安保を強化し、集団的自衛権の行使へ大きく舵を切った。日本はこれまで以上に、アメリカの世界戦略にきっちりと組み込まれたのである。TPPと日米安保強化のワンセットで、日本のアメリカ化の集大成なのである。

こういい切ってしまうと反安保主義者かと思われてしまうが、安保容認である。戦後70年にもなるが、東アジアは火種が尽きないのだ。日本も独自の防備は必要である。その上で、戦後ずっとアメリカの管理する状態から脱し、真に独立国家たらんとするならば「日米地位協定」を改めなくてはならない。

主題に戻る。筆者は食と農の応援新聞イーハトーヴを発行して15年になる。この中で、毎日の食卓の中で、国産率を高める消費者運動を呼びかけている。これは日本の食と農業を守る運動でもあるのだが、ある意味ではアメリカの農畜産物の輸出攻勢に対峙する、国民が巻き起こすレジスタンス運動でもある。日本人のプライドに懸けて、日本の食と農を守りきらなければならない。大袈裟な表現だが、それは日本人の日本人たらしめる精神性を甦らせる戦いでもある。戦後70年の節目に、日本人の食の変遷を考えてみた次第である。

投稿者について

山田 勝芳

山田 勝芳

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留萌市生まれ(1952年)の札幌育ち。地元出版業界にどっかり根を下ろすこと40年。外に対しては「本州資本に対抗する視点、脱・植民地の視点」、内に対しては「真に豊かな北海道共同体づくり」という理念の下、実体験に基づく北海道論を展開。現在、月刊ISMとイーハトーヴを主宰。

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