OHT98_asayakenonakakemuritorakuta-500
1049 Views

「開拓」「内地」のことばを捨てる瞬間(とき)


北海道人は「開拓者」「開拓時代」ということばを聞いたとき、なぜか不思議な感覚に陥る。あがないようがない、この快い語感。北海道の歴史を共有する北海道人同士の、ある種の連帯感。生粋の北海道人ゆえ感じる共通の遺伝子が、脳細胞の一つひとつに刻み込まれているに違いない。この地で生まれ育った者にしか味わえない宿命といえるもので、それは生粋の北海道人たる〝証〟でもある。

そして、本土を「内地」とついつい呼んでしまう北海道人ゆえの〝無くて七癖〟。これは紛れもなく本土を〝へつらう表現〟なのだが、先人たちの労苦の歴史を今なお無意識に引きずっているという証でもある。そんな思いが北海道人の心のひだ深くにあるということか。

つまり、「開拓」も「内地」も本州人には特別何も感じないことばだが、北海道人にとって特別なことばであり、ついつい意識せずとも心が反応してしまうのだ。

話は逸れるが、同じような視点で沖縄人の場合はどうだろうか。沖縄は、明治初頭「琉球処分」で日本に編入された地だ。

沖縄人は「内地」ではなく、それを「本土」と呼び、政府を「本国政府」と呼ぶ。本土に対して殊更へつらわない。この呼び方の反対側には、ことばで発しなくても〝自国政府〟の存在性が見え隠れする。沖縄人の〝不屈〟の精神が込められているように筆者には思える。その端的な表れはガバナンスだ。歴代の知事は政治スタンスの左右を問わず、みな生粋の沖縄人だけが選ばれているという事実だ。この現象は47都道府県で唯一だ。ちなみに米軍の統治時代は、アメリカは沖縄県を廃止し「琉球政府」を設置し、沖縄を間接統治した(1972年、米軍基地存続を条件に日本に返還された)。

翻って、この北海道はどうか。無思慮に、道外出身者に政治や行政を委ねている。歴史や北海道人のアイデンティティを共有していないのに、である。沖縄人と北海道人、内なる気骨、プライドの差であろうか。

先の大戦で海外出征した兵隊たちは望郷の念に駆られ、「内地」に残した親兄弟や妻子を慮った。このとき口にした「内地」ということばの中には、祖国愛以上に強い望郷の念が込められていたはずだ。「生きて、生まれ故郷に帰りたい」と。明治期の開拓者のいう「内地」もまたしかり。本土にある自分の郷里を、肉親たちを、ただただ、純粋に慮ったのである。

しかし、現代の北海道人がいう「内地」には望郷の念は微塵もない。ここ北海道が唯一無二の、良くも悪くも、最初で最後の、わが最愛の郷土だ。それでもこの先も「内地」ということばを使い続けるのだろうか。筆者ならば、断じて否である。われわれには帰るべき郷里は、いわゆる本土のどこにも存在しないのである。

本題に戻る。大抵の都市住民ならば幾度か転居を繰り返し、それほど代々の土地を引きずらないものだ。しかし、農家は違う。代々引き継がれた一族の開墾地を系譜とすることが多い。その土地に特別な執着、愛着がある。

農家の古い納屋には、きっと先代、先々代が使っていた古い農具や生活用品などが捨てられずにそのままあるに違いない。それらが逸失するのは多分離農し、その地を去るときだろうか。

筆者は現代も営まれるこの農地こそが、北海道が誇る最大で、かつ現代も脈々と生き続ける〝産業遺産〟と思うのだ。一般に産業遺産といえば、閉山した炭田の立て坑などの構造物を指すが、それらの機能は停止したままだ。しかし、開墾された農地は百年以上の歴史を刻む、いわば老舗企業以上に年月を重ねる存在だ。素晴らしい営みではないか。

原始林に覆われた原野を、悪戦苦闘の末切り拓いたのである。現在ある耕作地は、先人たちの血と汗の結晶である。雑に扱ってはならない。次世代に引き継ぎたい、北海道最大の不朽の財産である。

さて、「開拓」、「内地」ということばを冷静に考えたとき、実は悩ましい意味を併せ持つことに気付く。紛れもなく、それは本土の〝植民地だった歴史〟を物語っている。日本史において開拓ということばが使われた地はこの北海道と、かつての満州国(満蒙開拓団)のみである。

外地である開拓地は、否応なく内地たる本土に資することを求められた。現在もこのことばを使い続けるとしたら、我らが郷土・北海道を植民地的な存在であり続けることを是認していることにならないだろうか。

しかも、現在置かれている北海道の状況を冷徹に見たとき、まさに本州に資する状態のままである。道内の大きな工場群は大方本州資本のモノだ。そこへ原料を供給している構造ではないのか。付加価値のついた製品は本州資本の手中にある。これでは北海道の経済は良くならないのだ。

さらに、開拓民は先住民族であるアイヌから見れば征服者の尖兵ということになる。北海道の先住民族アイヌにとっては、実に嘆かわしいことばとなるのではないか。

しかし、征服者としての史実は否定しようがない。和人とアイヌ人の共存共栄する北海道のこれからを語るとき、「開拓」、「内地」ということばを捨てる決断に迫られるときが来るのではないか。

石破大臣が地元TV局の「消えてなるものか北海道」の討論番組の中で、「内地」ということばを使った。「日本国に資するために、北海道は何をやったらいいか、考えてほしい」と発言、筆者は「やはりそうなのか」と溜息をつかざるを得なかった。しかし、何も感じなかった北海道人も多かったはずだ。石破大臣に悪意はないが、平均的な日本人の〝北海道観〟をそのまま表現しているように感じた。

植民地的現状を打破するためにも、北海道人の気骨を賭けた、意識改革は必要だ。開拓ということば、内地ということばの遣い方を考え直さなくてはならない。今がまさにそのときだ!

投稿者について

山田 勝芳

山田 勝芳

url: http://ihatov.bizhttp://monthlyism.web.fc2.com
留萌市生まれ(1952年)の札幌育ち。地元出版業界にどっかり根を下ろすこと40年。外に対しては「本州資本に対抗する視点、脱・植民地の視点」、内に対しては「真に豊かな北海道共同体づくり」という理念の下、実体験に基づく北海道論を展開。現在、月刊ISMとイーハトーヴを主宰。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です